​​ 秒速5センチメートルを鑑賞した。昨日見た天気の子に触発されて、引き続き新海誠監督の作品を見たくなったからだ。情景描写が心の動きを繊細に捉え、心の動きが鮮明に伝わってきて、またも心を激しく動かされた。今の僕の心はどんな作品を見ても感情移入してしまうほど敏感になっていると思うけど、自分の感情と照らし合わせてスポンジのようにギュンギュンと切ない思いを吸収していった。こんなに美しい表現ができること、人の心を動かすことのできる映画や音楽が大好きだ。これが13年も前の作品というから驚きだ。うまく言葉では伝えられないけど、自分の経験と照らし合わせるからいろんな解釈ができるし、今この時にこの作品と出会えて良かった。誰もが恋をして、別れがあって、切ない気持ちを抱いている。

 初めての君とのデート、瀋陽の電車のホームで北京へ帰る汽車を待っていたあの夜。二人で手を握り、別れを惜しむその時の切ない感情が思い起こされた。君はいつも僕が会いに来るのを駅のホームで待っていてくれたね。改札を抜け、人混みの中に君を見つけた時、途端に僕の心はボールのように高く跳ね上がった。二人は子犬のように飛び上がり、互いに戯れあった。

 主題歌の山崎まさよしさんのOne more time,One more chanceが物語を大きく包み込んでいる。

”One more time 季節よ うつろわないで One more time ふざけあった 時間よ“

 僕らはお互いに幼かった。純粋にただ恋をしていた。こんなに淡く儚い記憶があるだろうか。

“その瞬間、永遠とか心とか魂とか言うものがどこにあるのか分かった気がした。13年間生きてきたことの全てを分かち合えたように僕は思い、それから次の瞬間堪らなく悲しくなった。あかりのその温もりを、その魂をどのように扱えばいいのか、どこに持ってけばいいのか、それが僕には分からなかったからだ。僕たちはこの先もずっと一緒にいることはできないとはっきり分かった。僕たちの前には未だ巨大すぎる人生が、茫漠とした時間が、どうしようもなく横たわっていた。でも、僕を捕らえたその不安はやがて緩やかに溶けていき、後にはあかりの柔らかな唇だけが残っていた。”

 二人は離れ離れになってしまう。不安だったあかりに優しい言葉をかけてあげられ無くて恥ずかしかった。誰に送るでもないメールを打つ癖がついたのはいつからだろう。君が待っていなければ、どんなによかっただろう。ずるいよ、優しくしないでよ。僕も不安なんだ、ただできることをやっているだけ。ただ君に会いに電車に揺られている時間。そんな数々の言葉や場面が胸に突き刺さる。

 この繊細な感情表現が僕は大好きだ。今しか味わえないこの気持ち、映画の中に投射することで、いつでも思い出させてくれる。

人生は壮大だ。だが、儚く美しいこの一瞬の煌めき、その感情の切なさや素晴らしさを教えてくれた。この気持ちやこう思える気持ちをずっと大切にしていきたい。

”いつでも捜しいるよ どっかに君の姿を 向かいのホーム 路地裏の窓 

こんなとこにいるはずもないのに 

願いがもしも叶うなら 今すぐ君のもとへ できないこは もうなにもない

すべてかけて抱きしめてみせるよ

いつでも捜しているよ

どっかに君のカケラを

旅先の店 新聞の隅

こんなとこにあるはずもないのに

奇跡がもしも起こるなら 今すぎ君に見せたい

新しい朝 これからの僕

言えなかった「好き」という言葉も

いつでも捜してしまう どっかに君の笑顔を

急行待ちの 踏切あたり

こんなとこにいるはずもないのに

命が繰り返すならば 何度も君のもとへ

欲しいものなど もう何もない

君の他に大切なものなど“

 愛の形は素晴らしいものだと思う。多くは語らない、そこにはただ純粋な愛があるだけだ。”会いたい“という言葉を使わないでここまで人を想う気持ちを表現できるなんてとんでもない表現力だ。僕もこんな表現ができるようになりたい。写真を見るたびに、声を聞くたびに、何処にいても、何をしていても、君の姿を捜してしまう。ただ、君の優しさに身を委ね、君への想いを募らせる。​​​​